『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』
 
シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢
上映前舞台挨拶&上映後Q&Aレポート
 
ゲスト:ジル・ルルーシュ(監督)/ユーゴ・セリニャック(プロデューサー)
MC:矢田部吉彦
通訳:福崎裕子
 
オープニングセレモニーに続き、本年度のオープニング作品である『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』の上映が行われた。
 
上映前にジル・ルルーシュ監督と、プロデューサーのユーゴ・セリニャック氏が登壇し、ジル・ルルーシュ監督は「『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』が、映画祭のオープニング作品に選ばれたこと、そして日本の横浜の皆さんにお見せできることを、とても名誉に思っています」と挨拶。プロデューサーのセリニャック氏も「美しい国・日本に、自分が製作した中で一番美しい映画を持ってこられたことを、本当に誇らしく嬉しく思っています。これ以上の夢はないでしょう」とコメントした。

『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』

ジル・ルルーシュ監督  ユーゴ・セリニャック (プロデューサー)

 
上映後、再びジル・ルルーシュ監督と、プロデューサーのユーゴ・セリニャック氏が壇上に現れると、本国フランスで観客動員400万人突破の大ヒットを記録した作品とあって、満席の会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
 
MC:監督! 拍手でお分かりだと思いますが、最高ですね。本当にこんなに気持ちの良い映画は滅多にないと思います。
 
監督:ありがとうございます。温かい歓迎をいただきまして本当に嬉しく思います。
 
質問:主演のマチュー・アマルリックさんは、アルノー・デプレシャン監督の優れた作品でも、大人になり切れない男性を演じる俳優として、右に出るものはいないと思っています。この映画にも沢山そういった男性たちが登場します。現代における男性と言う生き物の生きづらさについて、監督はどのようにお考えですか?
 
監督:非常に広大な質問をいただいてしまいました(笑)。これは私の実感ですが、現代のフランス社会において、男性でいる事はとても難しいのです。この映画の中でジャン=ユーグ・アングラードが演じている人物のように、ティーンエイジャーの時になりたかった自分の夢と、現実の自分とを比べて、不満に感じてしまうようなことが沢山あります。一方では、メディアやコマーシャルが見せている完全な姿というものがあります。すなわち、素晴らしい車を持っていて、素晴らしい腕時計をしていて、パーフェクトな美しい子どもたちがいて、大きな家があって、犬もいて、男性としても素晴らしい体をしている。そして完璧な妻がいて、完璧な生活をしている。
 
私はそれをInstagramのようなものだと思っています。人々はそうした他人の人生がパーフェクトであるのを見て、自分の実際の人生が味気なく、悲しく、不完全なものに見えてしまうのです。そこで私は、平凡極まりない人生に対して、電気ショックを与えることにしたんです。
 
私自身、さすがに大人になり切れないティーンエイジャーとは言いませんが、まだ完全に出来上がっていない人間であるような気がしています。なぜなら、大人の世界はとても怖いので、かつてティーンエイジャーだった時代に逃げ込もうとする傾向があるんです。だからこの映画には、私がティーンエイジャーだった当時の1980年代の音楽を使っています。私はこの映画において、現代社会で生きていくことの複雑さを描こうと思いました。それがすべての登場人物に対して行われています。
 
MC:監督の中には、登場人物の一人をご自身で演じようというアイデアはなかったのでしょうか?
 
監督:いいえ(笑)。確かに初めは自分で演じることも少しは考えましたが、こうして演出をしながら、かつ演出をされる側である俳優の一人が自分であるという状態は、信憑性に欠けるし、真面目ではないと思いました。
 
そしてもう一つの理由は、自分の水泳能力が大変低いことにあります(笑)。そうでなくても、監督には仕事が沢山ありすぎます。たとえセリフがない人であっても、俳優一人ひとりに向ける注意を完全なものにしたいと思ったのです。俳優や技術スタッフに対して監督として意識を集中させることで、私の夢見た映画に完全に忠実な映画を作ろうと考えたんです。
 
この映画は最初から最後まで、私の頭の中に生まれてきた、私の夢のような映画です。監督の仕事は、俳優の仕事とは全く関係がありません。それらの仕事を両立させることはできないのです。
 
質問:私自身、高校時代に男子シンクロを3年間やっていたこともあり、同じスポーツをやった経験がある男性として楽しませていただきました。男子のシンクロはスポーツとしては珍しいものですが、なぜこのスポーツを映画のテーマに選ばれたのでしょうか。
 
監督:男子のシンクロナイズド・スイミングは、フランスでは珍しいどころが、ほとんど存在しないスポーツです。日本ではかなり前から男子のシンクロが存在していると聞いています。『ウォーターボーイズ』という映画やドラマがあるそうですね。
 
実は私が最初に書いていた脚本が進まず、堂々巡りをするようになったとき、プロデューサーのユーゴに相談したところ、ユーゴが「アルテ」と言うフランスとドイツの文化テレビ局が作ったドキュメンタリーを薦めてくれたんです。それこそが、スウェーデンの男子シンクロナイズド・スイミングに関するドキュメンタリーだったんです。それを見たときに「これだー!」と思って飛び上がりました。
 
男子のシンクロは、スポーツとして珍しいことはもちろんですが、そもそもスポーツというものは、社会階層や職業や宗教や貧富の差といったものが一切感じられない、人々が平等になり得る場所であるとも言えます。現代社会において、人々は孤独になりすぎていると思います。しかも、普通はシンクロは女性が行うものだと思われているので、「男性らしさがないスポーツだ」と馬鹿にされたときに、一致団結して立ち向かわなければならないんです。
 
実際この映画で私は男性らしさを描いてきたんですが、それとは少し異なる感性の部分について、私はスローで強調しました。シンクロをしている時は、お互いが肘と肘とでつながって、人間の鎖のようなものができます。これは彼らの真のつながりを表しています。
 
先程から私の隣で黙って座っているプロデューサーが、あのドキュメンタリーを見せてくれなかったら、この映画は存在しなかったわけですから、彼にお礼を言いたいと思います。
 
(会場から拍手喝采)
 
MC:そういえば、日本チームが結構上位にいて嬉しかったです。ありがとうございます。
 
監督:ハハハ(笑)。日本チームに勝たせようかなと思ったんですが、やっぱりそれはやり過ぎだと思ってやめました(笑)。
 
質問:この映画のアイデアはどんなところから来たんですか?
 
監督:私たちが過ごす一日の中には、様々な感情の流れがあります。それを辿るように映画を作っていきたいと考えました。例えば、朝エネルギーに満ちて幸福な気分で目が覚めても、11時ごろに悪いニュースを聞いてしまって、正午にはまた気分が変わり、15時にラジオでふと聴いた音楽で、ノスタルジックになったりメランコリックになったりもする。人間にはこのような感情の起伏があります。
 
だからこそ、この映画においても単なるコメディや、単なる悲劇だけであってはならないと考えたんです。大衆的な映画を作ろうと考える一方で、本当の意味で人間に対して誠実であろうと考えました。
 
人間たちが持っている苦々しいところや暗いところ、そういったものを誠実に描いていこうと考えたんです。そういったわけで、この映画の前半ではそれぞれの登場人物の孤独が描かれています。
 
彼らは家族や、友人や、職業や、あるいは恋愛に問題を抱えています。そういった孤独を正直に描くことによって、物語の後半で彼らが世界選手権に行くと決めた時、むしろ集団性が強調されることになります。集団で何かを目指すことは、一種のクレイジーであり、喜びであり、そして新たに見出した希望です。私自身はこの映画のすべての部分がとても好きです。
 
俳優たちも、それぞれの人物を演じることを好んでくれました。その人物が持っているゴツゴツしたところや矛盾も含めてです。ですからコメディ映画にありがちな、単純で初めから最後まで決まっている人物ではない、もっと自由な人物が出てくる、自由な映画を作ろうと考えました。
 
質問:誰が一番シンクロの演技が上手でしたか?
 
監督:ギョーム・カネです。マチュー・アマルリックもなかなか上手でした。でも他の人たちは全員全然ダメでした。実は、フランスのオリンピックのシンクロチームの振り付けをしている人にコーチを頼んだのですが、最初に彼らが泳ぐのを見て「これは無理!」と言われました。でも私がしつこく頼み、また俳優たちもものすごく訓練をしてくれたおかげで、この映画が出来上がったんです。
 
それから、これは私にとっても予期せぬ出来事だったのですが、彼らはプールで長い時間一緒に訓練して、更衣室でもおしゃべりをして、きっと私の知らないところで沢山ビールも飲んだことでしょう。その結果、彼らはお互いにものすごく仲良くなって、撮影が始まったときには、映画の中と全く同じようなまとまりのあるチームになっていました。
 
質問:豪華なキャスティングが実現した経緯を教えてください。
 
監督;最初に出演を依頼したのはマチュー・アマルリックでした。彼は脚本を読まずに、すぐに「イエス」と言ってくれました。フランスでは、これはとても重要なことなんです。マチュー・アマルリックが出演するのであれば、他の俳優たちも絶対に断らずに「イエス」と言ってくれますからね(笑)。
 

 
シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』は、7/12(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開予定